者かに妻を殺され、生きる望みを失ったひとりの刑事。迷宮入り間違いなしの、若い女を狙った連続猟奇殺人事件。
自殺か他殺かも不明な下半身不随の男の死体。表と裏の顔を使い分ける美しきバーの女。どれが真実なのか。何が現実なのか。誰が犯人なのか。虚構と現実が入り乱れる中、数々の謎が結びついたときに刑事が苫小牧で視(み)たものとは一体何だったのか・・・?

『海賊版=BOOTLEG FILM』(99)『殺し』(00)『歩く、人』(01)で、日本人監督として初の3年連続カンヌ国際映画祭出品という快挙を成し遂げた小林政広。自分で資金を集めて完成させた処女作『CLOSING TIME』以来一貫して社会の枠からはみ出た男たちに深い愛情を注ぎながら、濃密な人間関係を描き出していくその硬質な映像世界は、各国の映画ファンを常に熱狂させてきた。
そんな彼の、長編映画6作目となる新たな傑作が誕生した。不可思議な運命に巻き込まれた一人の刑事を描くゆがんだサスペンス、それがこの『フリック』である。

影は2003年の12月、日を追うごとに厳しくなる寒さに耐えつつ、北海道の苫小牧市で地元の温かい協力を得て行われた。全編を苫小牧で撮影するという例は過去になく、「主人公の殺伐とした心を表現するのにぴったりだった」と監督が語るように、町の持つ独特の寂寥感と異様さが、三池崇監督の『荒ぶる魂たち』で独り立ちした伊藤潔のカメラによって見事にフィルムに焼き付けられている。

キャストには苫小牧の風景に勝るとも劣らない存在感を見せる魅力的な顔が揃った。主演に『クイ−ル』『ホテルビーナス』の香川照之。愛する女性(ひと)を奪われ、自らの存在意義さえ見失った刑事・村田を圧倒的な迫力で演じきる。
苦悩に顔を歪めながら、絡み合った真実の糸を解いていくその姿は日本映画界を代表する名優であることを改めて思い起こさせる。シリーズもの以外では初の単独主演となる本作によってその地位はさらに確固たるものとなった。村田の同僚刑事・滑川に『ハッシュ!』『約三十の嘘』の田辺誠一。あくまで軽く、与えられた役割だけをこなそうとする男を飄々と演じ、新境地を開拓。また謎めいたバーの女に『笑う蛙』『歩く、人』の大塚寧々。清楚な美貌の陰に、計り知れない闇を抱え込んだ本作の鍵となる役柄を見事に体現。今回はスチール・カメラマンも担当し、多彩な才能を発揮する。さらにテーマ曲も歌うフォーク界のカリスマ、高田渡や『息子』の田中隆三、廣木隆一監督作『ラマン』の安藤希といった個性的な役者が脇を固め、この独創的な世界の創造に一役買う。

ラバラになった真実を、パズルのように組み合わせていく過程で浮かび上がる新たな真実。入り組んだ人間関係に潜む底はかとない恐怖。アンゲロプロスとデヴィッド・リンチが北の大地で出会ったような、ユニークな映像感覚。
『フリック』は、いまだかつて誰も経験したことのない衝撃を観る者に与えることだろう。